秋学期振り返り(講義編)

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無事に秋学期が終了したので、今学期履修したクラスについて軽く振り返ります。

Adventures in Design Thinking (夏季短期講座)

講義ページ

秋学期が始まる2週間ほど前に、SGSIという数日間の短期講座がいくつか開講されており、その中から面白そうだと思ったd.school主催の4日間の短期講座を取ってみることにした。d.schoolはデザイン思考の本家的な存在である。デザイン思考と言っても、グラフィックデザインとかのデザインではなく、問題解決のプロセス自体のデザインを主な対象としている。

内容としてはグループディスカッションや課題やアクティビティを通して、どうやったらチームワークが円滑になったり新しいアイディアが生まれやすくなるかといった実用的なテーマから、さらにはそもそも自分は何に一番惹かれるのか、自分の根幹をなす価値観は何かというお題まで、デザイン思考のフレームワークと絡めながら色々考えていくというものだった。イケイケで楽天的に見えるベイエリア民も日本人と同じようなことで悩んでるんだなと感じた。クリエイティビティを創発するのに大事なのか、午前中はパワフルな先生による毎回瞑想とダンスの授業だった。

この講義を通してデザイン思考のフレームワークが体系的に身についたかは怪しいが、いわゆるベイエリアっぽさを渡米直後に感じることができて、自分としてはとても新鮮で楽しい体験だった。また機会があれば他のd.schoolの講義も取ってみる予定。

学科の制度と履修計画

学期が始まる前にまずはStanfordの航空宇宙での最初の一二年間の履修計画を立てる必要があったのだが、これが今年から制度の変更が色々とあった影響で少々厄介だった。

実は去年までスタンフォードの航空宇宙では修士卒の学生を(ほぼ)受け入れておらず、原則として全学生は修士課程からFundingなしの状態で入学していた。そのため、Ph.D.に進みたい一部の学生は最初の2年はひたすら講義を受けながら自分を受け入れてくれる教員を何とか探し出して夏を中心に研究を進め、さらに2年目の秋学期か春学期にQualを受けてそれに合格する必要があった。Qualの形式は口頭試問で、制御+力学、流体、構造、応用数学の4科目の中からMajor 1つ, Minor 2つを選ぶ形式であった。これを乗り越えた諸先輩方には純粋に尊敬の念しかない。

だが他大学の航空宇宙学科では一般的にPhDのコースはMasterと独立していて一年目から研究をバリバリやっている所も多く、またPh.D.に進学する学生について1,2年目のFundingが確約されていない状態にしておくのは優秀な学生を取る上で良くないという話に教授会でなったらしい(詳細は不明)。そこで私の代から修士課程とは独立したDirect Ph.D のオプションが作られ修士卒でも学部卒でも博士課程に直接入れるようになり、Ph.D.学生については一年目から給与が支払われる運びとなった (これがなかったら私はスタンフォードに入れていなかったと思うので、本当に幸運としか言いようがない)。さらにQualについても、その勉強のために学生が一学期丸々研究をストップする期間が発生することが若いP.I.の方を中心に(?)不評だったらしく、口頭試問が廃止され研究発表のみとなり、代わりに上記の Major 1 + Minor 2 について各2クラスずつ(計6講義)の必修講義でGPA3.8以上を取れば良いという制度に変更となった(ただこのQualの制度変更については教授会でも賛成と反対が拮抗していたらしい)。

ただその代わりに、(当たり前であるが)一学期目から研究室に入ってきちんと研究の進捗を生むことが条件となった。なお、一年目はラボローテーションをすることが認められている。クラスを3つ取りながら研究を進めることはかなり難しいため、各学期の履修講義数を2に限定しながら、Qual受験の最終期限(2年の春学期)までに必修を全て取り終える履修計画を組む必要があった。QualのMinorで最も簡単なのは構造であるとの噂だったが、構造を取ると必然的に3つのクラスを取らなくてはならない学期が発生することが判明したため(また流体の方が個人的に好きだったという理由もあり)、必修は制御、流体、応用数学の組み合わせで行くことにした。

AA210A: Fundamentals of Compressible Flow

圧縮性流体力学の基礎についての大学院レベルの講義。Qualの流体分野の必修科目で、週2回90分全18回。去年まではProf.Cantwellという流体、推進分野での大御所の先生が教えていたが、今年から日本人のProf.Haraが教えることになった。Cantwell時代は厳しいクラスとして有名だったらしい。取り扱う主な内容としては、以下のような感じである。

  • Normal Shock / Jump Equation
  • Riemann Problems
  • Burgers’ Equation, Traffic Flow
  • Couette Flow, Fanno FLow, Rayleigh Flow
  • Nozzle Flow
  • Prandtl-Meyer Function, Oblique Shock

東大の航空宇宙の学部を出た方向けにいうのであれば、学部三年でほぼ全員が履修するであろう「空気力学第三」の内容 + α といった感じだろうか。特にリーマン問題 (1-D unsteady, 2D) について時間を割いて丁寧に解説していた印象である。Burgers’方程式の所で交通流の話も入ってきたのは原先生が東大航空出身の影響なのだろうか? お決まりのフレーズ、渋滞は衝撃波。(東大航空には西成教授 という渋滞の研究でとても有名な先生がいる)

1.5週に一回のペースで大問5-6問ほどの割と骨の折れるレポート課題が課せられ、かつ中間(90分)と期末(180分)で評価されるというそこそこ重めのクラスであったが、講義が練られていて非常に分かりやすく、さらに課題に取り組むことでしっかりと理解が深まったので、個人的に満足度はとても高かった(空気力学はやはり航空宇宙工学の王道という印象を持っており、学部生の頃よりしっかりと内容を理解できるようになったのは個人的には嬉しかった)。テストは難しいと感じた人が多かったらしく学科のDiscordはお祭り騒ぎとなっていたが、私は上手くハマったのかテストはどちらも良くできてA+を取れ、GPA3.8要件のことを考えるといい滑り出しとなった。残念ながら研究では空気力学は一切使わないので、冬学期にもう一つの必修である粘性流体と翼理論周りの講義を取れば空気力学ともいよいよお別れである。

AA274A: Principles of Robot Autonomy I

講義ページ

ロボティクスの基礎について幅広く学ぶためのクラス。Computer Science や Electrical Engineering 専攻の登録科目にもなっており、スタンフォードのロボティクスのクラスの代名詞的存在。例年はMarco Pavoneというロボティクス界隈ではその名を知らない人はいない教授が教えているが、今年は彼がNVIDIAで新しく研究チームを立ち上げた影響で大学を離れているので、彼の研究室のポスドクの人が代わりに教えていた。

取り扱う内容としては主に以下の4分野であり、それぞれについて重めのレポート課題(計4つ) が出された (興味がある方は講義資料や課題は全て上記の講義ページに落ちている)。

  • Non-holonomic な Wheeled vehicle の軌道最適化や制御
  • Motion Planning (A*やRRTなど)
  • Computer Vision (カメラキャリブレーションやFilteringなど)
  • Filtering, Localization, and Mapping (EKF, Particle Filter, SLAMなど)
    • 自動運転周りの研究を研究している別の教授が招かれて sensor-fusionやMulti-object-trackingの講義をする回もあった。

これに加えて、週一回ROS(ロボット開発に広く使われているオープンソースソフトウェア) の演習の時間があり、LIDARやカメラが搭載された車輪付きミニロボットを色々動かしていた。 最終プロジェクトはこの演習や座学で学んだ知識を全て組み合わせて、Gazebo (3D ロボットシミュレータ)上で色々物が配置された迷路上を探索しながら物体の位置を記憶し、スタート地点に戻った後その場で指示された物体の回収に向かえ、というお題であった。

前半のMotion Planningの課題まではそこまで負担に感じなかったが、後半に入り課題がチーム戦となってから課題の難易度や複雑度がぐっと上がり、総じてかなり大変なクラスだった(以前はテストもあってもっと重かったらしい、意味不明)。課題でも最終プロジェクトでもコーナーケースのケアが特に大変で、なんで上手くいかないかを色々考えるのはいい訓練になった。特に混み入った環境では物体検知もパスプランニングも乱れやすく、最終プロジェクトは一発勝負なこともあって、アルゴリズムを色々ロバストする方法を考えるのはアルゴリズムの特徴を掴む上でとても役に立った気がする。最後は徹夜する羽目になったけど。

だが上記の開発も全てスクラッチからやったわけではなく、TAの人たちが膨大な時間をかけてお膳立てしてくれた上で仮想環境でお遊びしてるにすぎないわけで、ロボティクス分野の底知れぬ難しさと複雑さの一端を垣間見れた気がする。軽い気持ちで一回ロボティクス系のラボでローテしようと考えていてこの準備のためにその講義を取ったが、舐めんなよお前と言われた気分である。自動運転すごい…

ちなみに課題は全体を通して一問ミスで、ボーナス点も取れるものは全てかき集めた気がするが、A+は取れなかった。掲示板を見る限り一定数ガチプロが混ざり込んでいたので仕方がない。

感想

GPA3.8要件があり、さらにアメリカの大学院の講義はきついと聞いていたので渡米前は不安もあったが、いい感じで一学期目を乗り切ることができてほっとした。反省点としては、研究が忙しくなるにつれて次第に講義に行かなくなり、効率のため1.5倍速ビデオ再生を常用する羽目になってしまったことだろうか。

アメリカの大学院では最初講義の負担は重いかも知れないが、授業はよく設計されていてTA等によるサポートも手厚く、しっかりと内容が身につくので大学院の1-2年目に講義を課すのはとてもいい制度なのではないかと感じる。ただTAを4-5人雇える資金力があればこそ成立するクオリティーな気がしていて、日本の大学や大学院もすぐこのような仕組みに変えられるかといういうとそれはきつい気もした…

来学期は流体力学と凸最適化のクラスを取る予定なので、気を緩めずに頑張りたい。